JOURNAL

2025
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産後の悩みとどう向き合う?「乳房ケア」の専門家が大切にするサポートのかたち【助産師・田口史子さんとの鼎談 前編】

女性の“ねむり”を入り口に、自分をもっと知り、まわりの人と心地よく生きていくためのヒントを広げていく「わたしとねむり研究所」。 私たちは、女性のよりよい生き方を探るため、女性特有の健康課題に知見をもつ専門家の方々とともにに活動しています。 今回は、そのおひとりである助産師・田口史子さんをゲストにお迎えしました。25年以上のキャリアをもち、これまで数えきれないほどの女性の「産前・産後」に寄り添ってきた田口さん。 多くの女性が直面する“おっぱいトラブル”のリアルな実態から、その先にある深いケアの本質まで、専門家ならではの視点でお話を伺いました。

【鼎談参加者】

  • 田口 史子(ゲスト): 助産師。株式会社Mama&Baby conditioning代表
    産婦人科医院での助産師経験を経て、2016年に乳房ケア専門の助産院を開業。10年以上に渡り産前産後の乳房ケアに関わる。現在は助産院での活動の傍ら、株式会社Mama&Baby conditioningの代表として女性の健康を支える幅広いプロジェクトに携わる。
  • 大槻、岩井(聞き手): わたしとねむり研究所

妊娠中から卒乳まで。授乳トラブルがなかった私が「乳房ケア」を始めた理由

株式会社Mama&Baby conditioning代表/助産師 田口 史子さん

大槻: 今回は、私たちがフェムテックのプロジェクトを進めるなかで、多方面からサポートをいただいている助産師の田口さんにお越しいただきました。まずは、田口さんが10年以上専門とされている「乳房ケア」についてお伺いしたいです。出産経験のない方にはあまり馴染みのない言葉だと思うのですが、具体的にはどのようなケアなのでしょうか?

田口さん: 一般的には「おっぱいケア」と言った方が分かりやすいかもしれませんね。妊娠中の準備段階から、産後すぐの「赤ちゃんがうまく吸えない」「乳首が痛い」といった悩み、少し月齢が進んでからの乳腺炎などのトラブル、そして授乳を終える「卒乳」まで。非常に長い期間、お母さんと赤ちゃんの状態に合わせて寄り添うケアです。

岩井: 思い出すだけで胸が……。乳首が切れて激痛が走ったり、授乳がうまくいかずおっぱいがパンパンに張ってしまったり。私も産後はおっぱいに関する悩みが尽きず、専門機関に駆け込んだこともありました。

田口さん:“カチカチ・キンキン”になる、と表現されることもありますよね(笑)。場合によっては、熱が出てしまうこともあって、本当に大変ですよね。

岩井: 本当に! 熱や痛みがあっても、赤ちゃんは待ってくれないし……。どう対処すればいいのかわからず、心身ともに追い詰められました。

大槻: 多くの女性が直面する、まさにリアルなお悩みですね。田口さんご自身は授乳トラブルがなかったと伺いましたが、それでも乳房ケアを専門にしようと思われたのはなぜでしょうか?

田口さん: 第一子を出産して助産師として復帰したとき、ケアに来られるお母さんたちの状況を目の当たりにして、考え方が変わったんです。「こんなにも多くの女性が授乳のトラブルに悩み、苦しんでいるのか」と。
けれど当時の私は、原因を正しく見極める方法も、適切な処置の仕方もわからなかった。だからこそ「もっと学ばなければ」と強く感じ、それが乳房ケアを専門的に学ぶきっかけになりました。

大槻: ご自身の授乳が順調だったからこそ、ほかのお母さんの苦しみがより鮮明に見えた、と。

田口さん: そうかもしれません。私自身は2人の子どもを母乳で育てましたが、大きなトラブルは経験しませんでした。それに、助産師の養成課程でも乳房ケアを専門的に学ぶ機会はほんのわずか。だからこそ、専門的な知識や技術をもってお母さんたちに向き合う必要性を、あらためて強く感じたんです。

施術だけにとどまらない、「母親」の心身を育む時間に

大槻: 実際に授乳トラブルが起きた場合、田口さんはどのようなアプローチをされるのですか?

田口さん: トラブルの原因は、人それぞれです。母親を取り巻く環境の変化やストレスかもしれませんし、もともとの体質や骨格が影響していることもあります。ですから、ただ施術をするのではなく、まずはお話をじっくり伺います。

授乳のリズムや姿勢、日々の生活習慣、そしてお母さん自身が、今どんな気持ちでいるのか。すべてを丁寧にお聞きしたうえで、おっぱいの状態を拝見しながら原因を探り、トラブルが再発しないように一緒に考えていく。それが私の考える乳房ケアです。

岩井: 私も経験がありますが、たしかに「単なる施術」ではありませんでした。おっぱいをケアしてもらいながら、子育ての不安や自分の体の不調を聞いてもらう。その60分間が、私を「母親として育ててくれた」という感覚なんです。あの時間に、本当に救われました。

田口さん: おっしゃる通り、おっぱいケアはマッサージだけが目的ではありません。施術中にお母さんが心に溜め込んでいることを吐き出してもらうこと、心身すべてを含めた「ケア」だと考えています。なかには「ここは私の心のメンテナンスをする“美容院みたいな場所”なんです」と、毎月定期的にいらっしゃる方もいるんですよ。

大槻: 心と体、両方の拠り所になっているんですね。以前、田口さんのケアで卒乳された方から、とても印象的な話を聞きました。授乳期間が終わり、最後に母乳をしっかり出し切ってもらった後、「これからは、ちゃんと乳がんの定期検診に行ってくださいね」と田口さんに声をかけられたそうです。

田口さん: ええ、授乳を卒業された方には必ずお伝えしています。

大槻: その方はその一言で、「ああ、これでやっと赤ちゃんのためだけではない、自分自身の体に戻ったんだ」と強く実感した、と。卒乳は赤ちゃんにとっての大きな区切りであると同時に、お母さん自身が次のステージに進むための大切な節目でもあるのだと、その話から深く感じました。

岩井: すごく分かります。そうした感覚って、一人ではなかなか気づけないですよね。自分の体と心、そして赤ちゃんの成長まで、すべてを一緒に見てくれる専門家がいるからこそ得られる気づきなのだと思います。

すべての女性が「自分の人生の舵を取る」ために

大槻: 現在は乳房ケアだけでなく、理学療法士さんとともに「Mama&Baby conditioning」という会社を立ち上げられ、産後の骨盤ケアなど、より包括的な活動にも力を入れていらっしゃいますね。

田口さん: はい。体を整えるとおっぱいの状態も変わってきますし、逆におっぱいのケアをきっかけに「体全体のケアって大切なんですね」と気づかれる方も多い。心と体、おっぱいも骨盤も、すべては密接につながっているんです。

大槻: 25年間、数えきれないほどの女性に寄り添ってこられた田口さん。何が助産師としての活動の原動力となっているのでしょうか?

田口さん: 根底にあるのは「一人ひとりの女性が、自分の人生の舵取りを自分でできるようにサポートしたい」という想いです。それを実現するためには、まずは自分の体を正しく知り、うまく付き合っていくことが必要不可欠。

最終的には、ご自身で納得して人生を選択していけるように、その健康のベースをつくるお手伝いができたらと、ずっと思っています。私が何かをしてあげるのではなく、ご本人が自分の力で歩いていける、その土台を一緒に作っていく感覚です。

大槻: 自分の体を知るーー。それは、私たち「わたしとねむり研究所」が探求するテーマとも深く重なります。

岩井: 本当ですね。今日のお話の一番の核心に触れた気がします。

大槻: 今回の鼎談では、産後女性のリアルな悩みである乳房ケアの実態と、そこから生まれた田口さんの活動の原点を深く伺うことができました。

次回は、「自分の体を知る」ことがなぜ大切なのか、そして何から始めればいいのかを田口さんと深掘り。私たちを取り巻く現状も踏まえながら、さらに議論を深めていきたいと思います。

【鼎談参加者】

  • 田口 史子(ゲスト): 助産師。株式会社Mama&Baby conditioning代表
    産婦人科医院での助産師経験を経て、2016年に乳房ケア専門の助産院を開業。10年以上に渡り産前産後の乳房ケアに関わる。現在は助産院での活動の傍ら、株式会社Mama&Baby conditioningの代表として女性の健康を支える幅広いプロジェクトに携わる。
  • 大槻、岩井(聞き手): わたしとねむり研究所

妊娠中から卒乳まで。授乳トラブルがなかった私が「乳房ケア」を始めた理由

株式会社Mama&Baby conditioning代表/助産師 田口 史子さん

大槻: 今回は、私たちがフェムテックのプロジェクトを進めるなかで、多方面からサポートをいただいている助産師の田口さんにお越しいただきました。まずは、田口さんが10年以上専門とされている「乳房ケア」についてお伺いしたいです。出産経験のない方にはあまり馴染みのない言葉だと思うのですが、具体的にはどのようなケアなのでしょうか?

田口さん: 一般的には「おっぱいケア」と言った方が分かりやすいかもしれませんね。妊娠中の準備段階から、産後すぐの「赤ちゃんがうまく吸えない」「乳首が痛い」といった悩み、少し月齢が進んでからの乳腺炎などのトラブル、そして授乳を終える「卒乳」まで。非常に長い期間、お母さんと赤ちゃんの状態に合わせて寄り添うケアです。

岩井: 思い出すだけで胸が……。乳首が切れて激痛が走ったり、授乳がうまくいかずおっぱいがパンパンに張ってしまったり。私も産後はおっぱいに関する悩みが尽きず、専門機関に駆け込んだこともありました。

田口さん:“カチカチ・キンキン”になる、と表現されることもありますよね(笑)。場合によっては、熱が出てしまうこともあって、本当に大変ですよね。

岩井: 本当に! 熱や痛みがあっても、赤ちゃんは待ってくれないし……。どう対処すればいいのかわからず、心身ともに追い詰められました。

大槻: 多くの女性が直面する、まさにリアルなお悩みですね。田口さんご自身は授乳トラブルがなかったと伺いましたが、それでも乳房ケアを専門にしようと思われたのはなぜでしょうか?

田口さん: 第一子を出産して助産師として復帰したとき、ケアに来られるお母さんたちの状況を目の当たりにして、考え方が変わったんです。「こんなにも多くの女性が授乳のトラブルに悩み、苦しんでいるのか」と。
けれど当時の私は、原因を正しく見極める方法も、適切な処置の仕方もわからなかった。だからこそ「もっと学ばなければ」と強く感じ、それが乳房ケアを専門的に学ぶきっかけになりました。

大槻: ご自身の授乳が順調だったからこそ、ほかのお母さんの苦しみがより鮮明に見えた、と。

田口さん: そうかもしれません。私自身は2人の子どもを母乳で育てましたが、大きなトラブルは経験しませんでした。それに、助産師の養成課程でも乳房ケアを専門的に学ぶ機会はほんのわずか。だからこそ、専門的な知識や技術をもってお母さんたちに向き合う必要性を、あらためて強く感じたんです。

施術だけにとどまらない、「母親」の心身を育む時間に

大槻: 実際に授乳トラブルが起きた場合、田口さんはどのようなアプローチをされるのですか?

田口さん: トラブルの原因は、人それぞれです。母親を取り巻く環境の変化やストレスかもしれませんし、もともとの体質や骨格が影響していることもあります。ですから、ただ施術をするのではなく、まずはお話をじっくり伺います。

授乳のリズムや姿勢、日々の生活習慣、そしてお母さん自身が、今どんな気持ちでいるのか。すべてを丁寧にお聞きしたうえで、おっぱいの状態を拝見しながら原因を探り、トラブルが再発しないように一緒に考えていく。それが私の考える乳房ケアです。

岩井: 私も経験がありますが、たしかに「単なる施術」ではありませんでした。おっぱいをケアしてもらいながら、子育ての不安や自分の体の不調を聞いてもらう。その60分間が、私を「母親として育ててくれた」という感覚なんです。あの時間に、本当に救われました。

田口さん: おっしゃる通り、おっぱいケアはマッサージだけが目的ではありません。施術中にお母さんが心に溜め込んでいることを吐き出してもらうこと、心身すべてを含めた「ケア」だと考えています。なかには「ここは私の心のメンテナンスをする“美容院みたいな場所”なんです」と、毎月定期的にいらっしゃる方もいるんですよ。

大槻: 心と体、両方の拠り所になっているんですね。以前、田口さんのケアで卒乳された方から、とても印象的な話を聞きました。授乳期間が終わり、最後に母乳をしっかり出し切ってもらった後、「これからは、ちゃんと乳がんの定期検診に行ってくださいね」と田口さんに声をかけられたそうです。

田口さん: ええ、授乳を卒業された方には必ずお伝えしています。

大槻: その方はその一言で、「ああ、これでやっと赤ちゃんのためだけではない、自分自身の体に戻ったんだ」と強く実感した、と。卒乳は赤ちゃんにとっての大きな区切りであると同時に、お母さん自身が次のステージに進むための大切な節目でもあるのだと、その話から深く感じました。

岩井: すごく分かります。そうした感覚って、一人ではなかなか気づけないですよね。自分の体と心、そして赤ちゃんの成長まで、すべてを一緒に見てくれる専門家がいるからこそ得られる気づきなのだと思います。

すべての女性が「自分の人生の舵を取る」ために

大槻: 現在は乳房ケアだけでなく、理学療法士さんとともに「Mama&Baby conditioning」という会社を立ち上げられ、産後の骨盤ケアなど、より包括的な活動にも力を入れていらっしゃいますね。

田口さん: はい。体を整えるとおっぱいの状態も変わってきますし、逆におっぱいのケアをきっかけに「体全体のケアって大切なんですね」と気づかれる方も多い。心と体、おっぱいも骨盤も、すべては密接につながっているんです。

大槻: 25年間、数えきれないほどの女性に寄り添ってこられた田口さん。何が助産師としての活動の原動力となっているのでしょうか?

田口さん: 根底にあるのは「一人ひとりの女性が、自分の人生の舵取りを自分でできるようにサポートしたい」という想いです。それを実現するためには、まずは自分の体を正しく知り、うまく付き合っていくことが必要不可欠。

最終的には、ご自身で納得して人生を選択していけるように、その健康のベースをつくるお手伝いができたらと、ずっと思っています。私が何かをしてあげるのではなく、ご本人が自分の力で歩いていける、その土台を一緒に作っていく感覚です。

大槻: 自分の体を知るーー。それは、私たち「わたしとねむり研究所」が探求するテーマとも深く重なります。

岩井: 本当ですね。今日のお話の一番の核心に触れた気がします。

大槻: 今回の鼎談では、産後女性のリアルな悩みである乳房ケアの実態と、そこから生まれた田口さんの活動の原点を深く伺うことができました。

次回は、「自分の体を知る」ことがなぜ大切なのか、そして何から始めればいいのかを田口さんと深掘り。私たちを取り巻く現状も踏まえながら、さらに議論を深めていきたいと思います。

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